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ラッキーウッドの歴史

矢立て、灰ならし写真 初期の洋食器製造工程写真 昭和初期の洋食器(銀メッキ)写真

 日本におけるカトラリーのトップブランド「ラッキーウッド」は、明治元年(1868)の創業、矢立てや灰ならし(写真)のような家庭用金物の鍛冶工房がその始まりです。最初にカトラリーの生産を開始したのが大正4年(1915)。当時は全工程手作業による生産でしたが、当社では積極的に機械化を図り、他に先駆けて電力導入も行いました。素材は真鍮を使ってニッケル鍍金で仕上げるというものでしたが、当社においてはニッケル鍍金の欠点を改良して堅牢なクロム鍍金を開発し、品質向上に成功しました。その後素材も洋白(ニッケルと銅の合金)になり、仕上げに銀鍍金も行うようになりました。この量産化と高品質への意欲は今も変らないラッキーウッドの基本理念になっています。


  第二次大戦後の昭和21年(1946)急ぎ工場を整備し、軍需生産のため中断していたカトラリーの生産を再開します。この時まだ一般的ではなかったステンレス鋼にいち早く着目し、数々の技術上の困難な問題を克服してステンレスカトラリーの生産を軌道に乗せ、業績の拡大を図りました。翌昭和22年には法人組織に改組して小林工業株式会社を設立し、同時に「ラッキーウッド」の商標を制定しました。戦後はステンレス製品を中心に主に輸出において業績を上げ、当時貴重な外貨を獲得して輸出貢献企業として国の表彰を受け、また中小企業モデル工場の指定も受けました。

  昭和30年代、業界を上げて輸出に沸く中で当社では早くからデザインと広告の重要性を強く認識し、オリジナルデザインとメーカーブランドによる責任と保証の方針を推し進めて来ました。その結果数多くのグッドデザイン賞、ロングライフデザイン賞に輝き、「ラッキーウッド」のブランドはその品質と共に国産カトラリーの頂点として皆様に親しまれることになりました。現在もステンレス製品、銀器製品など、幅広く技術を集め、時代のライフスタイルの求めに応じたものづくりを心がけております。